強欲主義は時代遅れ:『共感の時代へ』ドゥ・ヴール著 学術書評vol.6

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『共感の時代へ ―動物行動学が教えてくれること』 フランス・ドゥ・ヴァール著、 柴田裕之訳、紀伊国屋書店、2010年。

※原題:THE AGE OF EMPATHY Nature's Lessons for a Kinder Society


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共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること
今回紹介する本は、「動物行動学」(ethology)に関する本です。
動物行動学は、文字通り生きものの行動について研究する学問です。

こう言うと、
『動物の行動なんか調べて、いったい何の役に立つというのか?』
と思う人だっていると思います。

確かに、ある動物の行動について詳しい知識が得られても、
それで僕たちの日常生活が良くなるとは考えにくいでしょう。

『動物を研究して社会がよくなるなら、みんな研究してるよ』
なんて声も聞こえてきそうです。

しかし、今回紹介する動物行動学の本には、
まさに社会をよりよい方向へ導くヒントが書かれています。
それがタイトルにもある『共感』です。


◆競争から共感の時代へ

この本は次の一文から始まります。

『今時、強欲は流行らない。世は共感の時代を迎えたのだ』(p.7)

著書ドゥ・ヴァールは、
戦争や金融危機の背景にある強欲的な利己主義を
時代遅れの考えだとしてバッサリ切り捨てます。

むしろ共感を大事にしなければならないと言うのです。

そのような主張は一見、理想主義的に聞こえるかもしれません。
『競争の中で勝ち抜いていくことが大事なのだ』と言う人もいるでしょう。
『自然の動物だってそうやって生き残ってきたのだ』と。

ところが面白いことに、動物の行動を見てみると
私たちが思っている以上に彼らは平和的に集団生活を行っています。
もちろん争うこともありますが、
彼らにはちゃんとした仲直りの方法があります。

しかも、驚くべきことに
チンパンジーやゾウ、イルカににいたっては
仲間に対して共感する能力があるというのです。

著者が言うように、
共感をベースに社会を構築しようとすることは、
あながち理想主義ではないのかもしれません。

なぜなら、共感という行為を駆使しながら、
我々よりも昔から生き延びてきた動物たちは
彼らの秩序を維持し成長してきたからです。

動物の研究を通じて、
これからの社会のあり方が見えてくる・・・

単に動物の話が好きな人はもちろん、、
経済至上主義や冷徹な競争主義に限界を感じている人は、
ぜひ一読をおすすめします。



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『今時、強欲は流行らない。世は共感の時代を迎えたのだ』(p.7)

『自然は生存のための闘争に基づいているから
私たちも闘争に基づいて生きる必要があるなどと言う人は、
誰であろうと信じてはいけない。
多くの動物は、相手を蹴落したり何でも独り占めしたりするのではなく、
協力したり分けあったりすることで生き延びる』(p.17)

『私たちは人間の本性に関する前提を全面的に見直す必要がある。
自然界では絶え間ない闘争が繰り広げられていると思い込み、
それに基づいて人間社会を設計しようとする経済学者や政治学者があまりに多すぎる。
だが、そんな闘争はたんなる投影にすぎない。(中略)
自然界に競争がつきものなのは明らかだが、
競争だけでは人間は生きていけない』(p.18)

『問題は、社会の目標を自然のありようから引き出すことができない点にある。
それをやろうとすることを、「自然主義的誤謬」と言う。
つまり、物事がある状態にあるからといって、そうあるべきだとは言えないのだ』(p.48)

『肝心なのは、たとえある特性がXという理由で進化したにせよ、
日常生活ではXとYとZという理由で使われることが十分ありうるという点だ』(p.66)

『有蹄動物の蹄は硬い地面の上を走るように適応しているが、
それを使って、追いすがる敵に強烈な一撃をお見舞いすることもできる。
霊長類の手は枝を握るように進化したが、
そのおかげで赤ん坊は母親にしがみつきやすくなった。』(p.64)

『類人猿も人間の子供も、困っている人には自ら手を差し伸べる』(p.165)

『類人猿は泳げない。
チンパンジーが膝までしかない水の中で
パニックになって溺れることがあるのは知られている。
水に対する恐怖を克服できるようになる場合もあるが、
類人猿が水に入るには並外れた勇気が必要なのだ。(中略)

動物園には、水を張った堀を巡らせた島で類人猿を飼育している所も多い。
そして、チンパンジーが溺れた仲間を助けようとしたという報告は実際にあるし、
溺れた仲間ともども命を落としてしまったとうい悲惨な話も聞く』(p.154)

『人間は、他者がどう感じ、何を必要としているかを、
他のどんな動物よりもしっかりと把握する。
だが、他者を深く思いやり助けることができるのは、
人類が最初というわけでも、唯一というわけでもない。
行動の面では、他者を救うために水に飛び込む人間と類人猿の隔たりは
それほど大きくはない』(pp.155-156)

『動物も感情は持っているし他者を気遣いもするという、
たいていの人が子供の頃から知っていることを、
人はわざと頭の隅におしやる。(中略)

私たちは人間であり、同時に思いやりがあるが、
思いやりのほうが人間であることより古いかもしれないという考え、
私たちの親切心はもっとずっと大きな図式の一部であるという考えが
受け入れられるのは、まだこれからだ』(pp.188-189)

『共感は一億年以上も前からある脳の領域を働かせる。
この能力は、運動の模倣や情動伝染とともに、遠い昔に発達し、
その後の進化によって次々に新たな層が加えられ、
ついに私たちの祖先は他者が感じることを感じるばかりか、
他者が何を望んだり必要としているかを理解するまでになったのだ』(p.293)

『私は共感が進化の歴史上とても古いものであることを思うと、
なんとも楽観的な気分になる。
共感は確固たる特性ということであり、
事実上すべての人間の中で発達するから、
社会はそれを当てにして、育み、伸ばしていくことができる。
共感は人類に普遍的な特性だ。』(p.294)


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『共感の時代へ ―動物行動学が教えてくれること』 フランス・ドゥ・ヴァール著、 柴田裕之訳、紀伊国屋書店、2010年。

※原題:THE AGE OF EMPATHY Nature's Lessons for a Kinder Society


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◆著者プロフィール◆
フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)

動物行動学者。霊長類の社会的知能研究で世界の第一人者として知られている。現在、ヤーキーズ国立霊長類研究センターのリヴィング・リンクス・センター所長、エモリー大学心理学部教授。最初の著書『チンパンジー政治学』では、チンパンジーの権力闘争に絡む追従や画策を人間の政治家と比較した。その著書は15か国語以上に翻訳されて広く人気を博し、霊長類学者として世界でも抜群の知名度を誇る。2007年には『タイム』紙の「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれている。著書に『利己的なサル、他人を思いやるサル』『あなたのなかのサル』などがある。

◆目次◆
はじめに
第1章 右も左も生物学
第2章 もう一つのダーウィン主義
第3章 体に語る体
第4章 他者の身になる
第5章 部屋の中のゾウ
第6章 公平にやろう
第7章 歪んだ材木

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること