美術鑑賞が退屈な人必読:『芸術の意味』 ハーバート・リード 学術書評vol.13

――――――――――――――――――――――――――――――

『芸術の意味』 ハーバート・リード、滝口修造訳、みすず書房、1966年。


Amazon.co.jpで購入する

楽天ブックスで購入する
――――――――――――――――――――――――――――――


芸術の意味
こんにちは、柏野尊徳です。

恋人の趣味が芸術鑑賞だったら、ある日のデートは美術館かもしれません。
もし「自分は美術の良さが少しもわからない」なんて状態ならどうなるでしょう。
できれば、多少は美術の良さを理解しておきたいものですね。

このことについて、以前友人の美術教師から話しを聞いたことがあります。彼が「美術や芸術の面白さをどう子供に伝えるか」という話をしていた時のことです。

彼曰く『いきなりピカソの絵を見せる様な方法はセンスがない』とのこと。
車の免許を取るには相応の交通知識が必要なように、絵を見る前にも知っておくべきことがあるそうです。

ピカソの「ゲルニカ」は印象的な作品ですが、目の隣に耳がすぐ二つあるような作品も印象的です。ただ、正直そういった絵のどこがいいのか僕には理解不能でした。「小さい子供だって書けるじゃないか」と本気で思っていたのです。

でも、友人にこう教えてもらってから、印象が変わりました。

『人間を描こうとしたら、普通はある一つの視点から描く。でも、それは一つの側面から切り取られた人間でしかない。右側から見れば普通左側の目や耳は隠れているけど、あえて左側の眼や耳も一緒に描く事で、その人をより正確に捉えることができる』

目の前にいる人を「どうにかして1枚のキャンパスにおさめたい」と思っても、現実的には無理です。私たちは三次元ですが、絵は二次元。後ろ姿と前の姿を同時には描けません。

しかし、ピカソは「一部の視点から描く」という規定の概念を壊し、1枚の絵に人間を描写しようとしたのです。

そう僕は受け取りました。これがセンスのある解釈かどうかは別にして、絵を見る楽しみが増えたのは間違いありません。

ちなみに、今回紹介する『芸術の意味』も絵を見る楽しみを増やしてくれます。
既に芸術への理解がある人へも当然おすすめですが、「芸術作品のどこがいいのか全く理解出来ない」という人にこそ読んで欲しい一冊です。

芸術をこよなく愛する彼の思想に触れることで、芸術鑑賞の時間を至高の時間に変えるきっかけとなるはずです。


────────────────────
▼ 学問の扉を開くチェックポイント ▼
────────────────────

『すべての芸術家は(中略)人を喜ばせたいという意欲をもっている』(p.12)

『芸術とは、芸術家が造形的な形態につくりあげることのできるような理想の表現なのである』(p.15)

『われわれは芸術作品を観察するとき、自分を芸術作品の形態の中に投げこむ。
そしてわれわれの感情は、われわれがそこに見出すものによって、すなわちわれわれがそこに占める大きさによって決定されるのである』(p.26)

『完全な芸術作品にあってはすべての要素は相互に関連している。それらの要素が結合して、たんにこれらの要素の集積以上の価値をもった統一をかたちづくる』(p.45)

『原始人にとって、芸術の創造は思い通りにならない生活からの逃避を意味した。原始人は文字通りその日暮らしに追われていた。
生活に恒久的なものがなく持続感もなかった。(中略)
悪霊をなだめる呪術の行為として芸術作品を創るとき、彼の存在を支配する専断的な力から逃避して、自分にとって絶対であるものの可視的表現にほかならないものを創るのである』(p.53)

『芸術家が風景を描いているとき(芸術家が何をしようともそうなのだが)眼でみることのできる風景の外観を描写したいと思っているわけではなくて、風景について何かを語りたいのだということができる。
その何かとは、われわれが芸術家とわかち合う観察であり、感動であるといえるかも知れない。
しかし、それ以上に芸術家がわれわれに伝えたいと望んでいる〔のは〕彼の独創的な発見である』(pp.126-127)

『私は芸術の機能は、他人がそれと同じ感情を経験することができるように感情を伝達することではないといいたい。(中略)
芸術の真の機能は感情を表現し、理解を伝えることである。
ギリシア人が完全に実現したものがこれであり、またアリストテレスが、演劇の目的はわれわれの感情を浄化するものだといったのも同じ意味だと思う。
われわれはすでに感情の複雑な合成物で充たされている芸術作品に遭遇する。
そして本当の芸術作品のなかに発見するのは、こうした感情の昂奮(こうふん)ではなく、平和と休息と平静とである』(p.187)

『芸術家に払うわれわれの敬意は、われわれの感情の問題をその特殊な天賦の才能によって解決してくれた人間に払う敬意なのである』(P.188)

『芸術の究極の諸価値は個人とその個人の生きる時代と環境とを超越する』(P.189)


――――――――――――――――――――――――――――――

『芸術の意味』 ハーバート・リード、滝口修造訳、みすず書房、1966年。


Amazon.co.jpで購入する


楽天ブックスで購入する

――――――――――――――――――――――――――――――


◆著者◆
ハーバート・リード(Harbert Read)

 イギリスの詩人、文学批評家、美術評論家。ヨークシャー州の農家に生まれた。青年時代、ブレイク、ブラウニング、リルケらの影響を受けた詩人であったが、第一次世界大戦に出征し、帰還後ビクトリア・アンド・アルバート美術館に勤務中、所蔵品の解説をしたことが動機で美術批評家としての活動を始める。彼の美学思想はフロイト精神分析とくにユングの無意識学説の影響を最もふかく受けている。美術評論家としての彼の活動の範囲は広く、主著は文学批評もふくめて殆ど邦訳がある。その主なものは造形美術に関しては『今日の絵画』(新潮社、1953)『芸術による教育』(美術出版社、1953)『インダストリアル・デザイン――芸術と産業』(1957)『モダン・アートの哲学』(1955)『イコンとイデア』(1957)。文学批評に関するものでは『散文論』(1958、1967)『文学批評論』(1958)『詩についての8章』(1956、以上みすず書房)などのほか『自伝』(法政大学出版局、1970)がある。

◆目次◆
I
1 芸術の定義/2 美感/3 美の定義/4 芸術と美の区別/5 直観としての芸術/6 古典的な理想/7 画一的でない芸術/8 芸術と美学/9 形態と表現/10 黄金分割/11 幾何学的調和の限界/12 歪曲/13 パターン/14 個人的な要素/15 パターンの定義/16 形態の定義/17 絵をみるとき何が起るか/18 感情移入/19 感傷/20 形態の必要/21 内容/22 内容のない芸術・陶器/23 抽象芸術/24 ヒューマニスティックな芸術・肖像画/25 心理的な価値/26 芸術作品の諸要素/26a 線/26b 調子/26c 色彩/26d 形態/27 統一/28 構造上の素因

II
29 原子芸術/30 ブッシュマンの絵画/31 原始芸術の意義/32 有機的な芸術と幾何学的な芸術/33 有機的な原理と幾何学的な原理の混淆/34 芸術と宗教/35 芸術とヒューマニズム/36 農民芸術/37 国家的な芸術・エジプト/38 コプト芸術/39 ピラミッド/40 エジプト彫刻/40a 先コロンビア芸術/41 歴史的様式の起源/42 中国の芸術/43 ペルシア芸術/44 ビザンティン/44a ケルト芸術/45 キリスト教芸術への接近/46 物質的な力と非物質的な力/47 教会の影響/48 ゴシック芸術/49 イギリスの芸術/50 文芸復興期の芸術/51 イタリアの巨匠の素描/52 素描芸術/53 知的芸術/54 リアリズム/55 文字通りのリアリズムと描写的なリアリズム/56 自然主義/57 リューベンス/58 エル・グレコ/59 バロックロココ/60 バロックの定義/61 ロココの定義/62 ロココ芸術の本質/63 風景画/64 イギリスの伝統/65 ゲーンズボロ/66 ブレーク/67 ターナー/68 芸術と自然/69 コンスタブル/70 ドラクロワ/71 印象派の画家たち/72 ルノアール/73 セザンヌ/74 ヴァン・ゴッホ/75 ゴーガン/76 アンリ・ルソー/77 パブロ・ピカソ/78 シャガール/79 民族的な要因/80 抒情と象徴主義/80a 表現主義/81 パウル・クレー/81a マックス・エルンスト/81b サルヴァドール・ダリ/81c 近代彫刻/82 ヘンリー・ムーア/82a バーバラ・ヘップウァース

III
83 芸術家の立場/84 トルストイの立場/85 トルストイとウァーズウァース/86 別の立場――マティスの立場/87 伝達――感情と理解/88 芸術と社会/89 造形の意志/90 究極の価値

訳者のノート
人名索引

芸術の意味